出版新時代に向けて2
第三章「イコール」ムーブメントの開始と意味
2024年1月に『イコール』創刊0号を発行してから、橘川幸夫編集号が3冊、田原真人編集号が1冊、2024年度は4冊の『イコール』が発行された。現在、久恒啓一編集号の制作が進められていて、2025年度は、橘川編集号が4冊、田原真人号が2冊、久恒編集号が2冊発行の予定である。更に、新しい編集長による創刊も準備中であり、「ロコール」「ハコール」「ニコール」など、予備軍的なミニコミも10テーマぐらいで進行している。
『イコール』0号を作った私の考えと方向性をまとめておく。これは単なる既存の雑誌の創刊ではない、新しい時代へのムーブメントとして始めたものである。
(1)メディアを発行するということ
私は出版メディアの世界で半世紀を生きてきた者であるが、いわゆる出版業界の中で生きてきたとは思っていない。出版業界には多くの仲間や友人たちがいるが、彼らから見ても私は異質な存在だと思う。出版業界の方法論や目的とは違う意識があるからだ。
それは私が通常の業界人とは異質なスタートをし、異質な追求をしてきたからだと思う。私は、大学生の時に浪人生だった渋谷陽一と出会い『ロッキング・オン』を創刊したことからスタートした。ズブの素人が、手さぐりで雑誌を編集し、取次に口座を開設して、雑誌を発行していた。創刊から10年余り、私は『ロッキング・オン』の編集・発行に関与していた。
そのこと自体を誇っているわけではないが、自前で雑誌を創刊することによって、私の人生にとって決定的な方法論と魅力を知ってしまったのだ。
自分の雑誌を作るということは、自分の原稿を書く場所を確保するということである。20代の10年間は、私は外部の雑誌に依頼された原稿ではなく、自前で発行している雑誌の自分の原稿枠の中で好きなことを考え、文章にするという喜びを知った。
一般的な出版関係者は、既存の出版物に原稿を依頼されて書き、それを継続することによってプロのライターになったり、既存の出版社が主催する文学賞やコンペに応募して評価されて作品を書き始める。あるいは、既存の出版社に入社して、伝統的な出版技術を先輩から学んで一人前の編集者になり、やがて編集長になる。そういう方法とはまるで別の生き方をしてきたから、私は異質だと思うのである。
(2)ポンプ効果
28歳の時に、『ロッキング・オン』の編集をしながら、宝島社の蓮見社長に認められて全面投稿雑誌『ポンプ』の創刊編集長になった。生まれてはじめて就職した時に「編集長」なのだから、やはり異質と言ってよいだろう。業界の先輩から具体的な編集技術や心構えを学んだことはない。
『ポンプ』は、全国各地の人から集まった投稿だけで制作した雑誌だが、投稿者たちの反応や声を聞きながら、自分が『ロッキング・オン』を制作しながら原稿を書いていた意味をはっきりと自覚した。
ある女の子の読者と話していて、彼女はこう言ったのだ。「ポンプが出来たことで、自分の書きたいことを公開できる場が出来たのが最初は嬉しかったけど、ある程度、投稿してしまうと書くものがなくなって、普段の日々の中でネタを探すようになった」ということである。
それは「編集者の目」である。私も『ロッキング・オン』では最初は内部にたまっていた「書きたいこと」をぶちまける場だったが、やがて、現実を見ながら、内部で反芻しながら表現することをやっていた。それが可能だったのは、自前の雑誌が少しずつ売れていき、読んでくれる読者の存在を自覚するようになってきたからである。
単なる書きたいことを爆発させるメディアから、伝えたいことを伝えるためのメディアに、自分の中で変質していったのである。
既存の出版社に勤めていたら、先輩の編集者から編集の極意を学ぶだろう、しかし、それは「売れるためのネタ探しの極意」なんだろう。自前のメディアを作ることによって、私は私にとって必要なテーマを選び、それを同じような問題意識を持つ読者に伝える喜びを知った。
(3)インターネットの時代
インターネットがはじまり、古くからの友人は「ようやく橘川のやりたい世界になったな」と声をかけられた。参加型メディア一筋の人生だから、インターネットの状況は望むところであった。しかし、現実は、自分の描く参加型メディアとは少し違っていた。
自由に書きたいことを表現する場所は出来た。しかし、それは自分たちで作った場所ではなく、巨大なビジネスの手のひらで「参加させられる場」でしかないと感じたのだ。新しいソリューションにはすぐに手を出してきたが、常に「参加させられている」という違和感がつきまとっている。
そして、多くのネットユーザーは、ブログがなければ公開日記を書かない人たちだろうし、Twitterがなければ、呟くことはなかった人たちだと思う。
私が70年代に追求した参加型メディアは「自分の表現したいことを表現する」ということとと「その場をみんなで作っていく」という運動だったのだと思う。『イコール』は「場を作る運動」として、これから、世界中に無数の編集長が生まれると思っている。最終的には、誰もが編集長になる。(それが実現するのは、私がいなくなって、ずっと先だと思うがw)
(4)インターネットとの連携
もちろんインターネットという社会システムは、私たちの未来に向けてのニーズが生み出したものなので、紙だけにこだわるわけではなく、今後も利用方法を追求していく。田原真人の『イコール』は、まさに、紙とインターネットが連動した、ものすごく可能性が広がる方法論を追求している。
インターネットのサービスも、例えばNoteは、加藤貞顕くんが創刊した参加型の「雑誌」だと思ってる。若いYouTuberたちで、雑誌創刊感覚で、自分たちのメディアをインターネットのシステムを利用して創刊しようとする動きも感じられる。
私は、まず「紙」で「自分たちのメディアを作る」というところから始める。すでに1年の発行期間で、私は、たくさんのことを発見し、学び、反芻してきた。今後は、更に可能性を広げるための、体制案や運営案を模索していく。
(5)編集長の眼
『イコール』は複数の編集長によるコミュニティ生成型マガジンである。橘川は、どのようにして『イコール』を編集しているか、一例をご紹介しよう。
Facebookは、私の友人・知人たちの閉鎖的なコミュニティである。愉快な友人たちが日々の生活の中で、見たり聞いたり感じたりしていることを報告してくれている。普通であれば、そういう仲間たちのおしゃべり場として雰囲気を楽しんでいればよいのだと思う。
しかし『イコール』という雑誌を創刊すると、Facebookが一気に雑誌のネタ集めの場所になる。誰かが「こんな本を読んで面白かった」という話を書いていると、その人のメッセンジャーで「さっきの話、書評にしてみない?」と投げてみる。そうやって、自分の関係性の中で、原稿が生成されていくのがコミュニティ生成型マガジンなのである。
自分のメディアを持つと世界が変わる。『イコール』編集長、『イコール』連載者たちは、そうやって世界を再確認していく旅に同行しているのである。
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