出版業界の歴史(2)新刊と古本

出版業界の構造と問題点を把握して、その先を見る者たちと合流したい。
橘川幸夫 2023.07.14
誰でも

1.出版業界の在り方

 近代の大量生産システムが出来るまで、本は貴重な存在であった。宗教組織や家元などは代々の教えやノウハウを写経の形で手作業で書き写していた。私たちが「本」を大切に扱うのは、そうした人類の遺伝子が組み込まれているからかも知れない。

 明治になって大量印刷技術が普及して、本は身近なものになったが、初期においては貴重な文化であることには変わりがなかった。社会全体の経済も貧しかったので、誰もが簡単に本が読めるわけではなかった。大学が出来、図書館が出来て、本を買えない貧乏な学生は図書館で本を借りた。

 現在、出版社と図書館は利益相反の関係になって仲が悪い。出版業界の方で一方的に図書館の構造を批判する人が多い。図書館で本を無償で貸し出すことによって、出版社の本が売れなくなるという理屈である。しかし、出版文化の初期においては、出版業界と図書館業界が共に「読書文化」を育てたのである。図書館に通って学生は、本を買わない人たちではなく、社会に出て多くは本の大量購入者になっただろう。

 図書館と出版業界の関係については、あらためて書くとして、今回は「新刊と古本」である。 「雑誌と書籍」の項で書いたように、雑誌は空間を越えていき、書籍は時間を越えていく。そもそも、書籍を書くというのは著者にとって一世一代の挑戦であり、かつては人生を賭けて書いた作家たちがいた。私たちが、「雑誌は捨てられるが書籍は捨てられない」という意識は、本というものに書いた人の魂がこもっていて、おろそかに扱えないというプレッシャーがあるのかも知れない。学者の書いた本は、まさに人生を賭けた追求の成果だから、ゴミとして捨てるわけもいかず、古本屋に流れる。その流れで世界に誇る神田神保町の古本屋街が生まれ、古書業界が成立する。

「新刊出版業界」「図書館業界」「古書店業界」という本を巡るエコシステムが成立したのである。

TAKIBIの深呼吸書店4号店

TAKIBIの深呼吸書店4号店

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2.近代のパラドックス

 近代の印刷技術は猛烈なスピードで進化した。最初は著者の書いた原稿を印刷していただけだが、印刷機械の精度があがり、どんどん大量に印刷出来る設備が拡大し、「もっと原稿をくれ!」と叫びはじめたのである。出版業界も、近代社会が広範囲に発展すればするほど、新しい技術、新しい生活が広がり、雑誌や書籍の需要が拡大し、新しい出版企画をどんどん出してきた。

「原稿が出来たから印刷して本にして」という動きから「印刷がどんどん出来るから原稿を書いてくれ」というようになっていったのである。これは近代の技術が内包するパラドックスである。需要に応えるべく開発した技術が、需要そのものを要求してくるのである。

「書きたくて書いた本」から「お金を貰えるから書く」という職業作家の世界に突入していく。もちろん、本を書く人は、それぞれ必死に思いを伝えるために書くのだが、玉石混交の商品が溢れてしまった。それを取捨選択して「歴史に残すべき価値のある本と、この時代にしか通用しない雑誌のような本」とり振り分けを古本屋の親父がやってきたのである。

 本の価値は本の内容である。神保町には、さまざまな領域に通じている骨董屋の親父のように本のメキキがたくさんいる。日本各地の古書店には、そうした人材がたくさんいるのである。神保町の古書会館にはよく行くが、ここに集まる古本を見ていると、この本を残そうとした人たちの美意識が伝わってくる。

 新刊の出版業界も、長く神保町の古本屋街とは気持ちの交流があった。本という文化をそれぞれの立場で支えようという同志的な感覚があったのだろう。ブックオフのように本をモノとしてだけ扱うビジネスには違和感を感じているだろう。神保町にブックオフが出店しようとして、多くの出版人が反対したと聞いた。

3.シェア書店の登場

 インターネットの津波が出版業界を洗う。近代・戦後の出版流通・販売システムをAmazonが直撃した。東京の町によくあった古本屋が続々、閉店している。ウォッチしていて気がついたのは、インターネットの普及とともに、古本屋の店員がパソコンでデータ入力をしているのをみかけた。古本屋をやりながら本を売り、在庫をネットの「日本の古本屋」とか「メルカリ」や「Amazon」に登録しているのだ。町の古本屋は、自宅でやっていることが多くは、やがて、店舗は閉鎖して、テナントに貸し出す。古本屋をやって上がる利益より、町中の一等地なら店舗貸しした方が、儲かる。しかも毎月確実に一定の売上になる。古本屋はネットでも出来る。

 そうした近代技術の最終兵器であるインターネットが社会を覆い、古い業態を淘汰する。そしてChatGPTである。もはや本の文化は死滅するのではないかと思うだろうし、そういう論者も少なくない。

 しかし、そこに現れたのが「シェア書店」である。これは衝撃であり、未来の可能性の光明として感じた。

 私はそもそも本の人間ではなく雑誌の人間であり、インターネットの側の人間である。現在をデジタルに生きることを社会のスタートラインで決めた。ロックとは「今がすべて」である。

 しかし、そういう立場であるからこそ、対立する書籍文化の崩壊に危機感を持っていった。

 さて、この辺の私の認識について、ゆっくりと語らせてもらいたい。

(続く)

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