生成出版宣言

私は半世紀以上にわたり出版に関わってきた。『ロッキング・オン』から『ポンプ』、インターネット、そして生成AIへと、一貫して追いかけてきたのは「人はどうやって社会に向けて自分の言葉を発信するのか」という問いである。本書は、生成AIを一人ひとりの編集者として捉え、新しいPublishingの可能性を探る実践的な宣言である。
橘川幸夫 2026.06.03
誰でも

生成出版宣言

1.参加型出版の道

 私は長い間、出版に関わってきた。

 一九七二年に『ロッキング・オン』を創刊した。当時の私たちは、単に雑誌を作っていたのではない。仲間たちが集まり、自分たちがロックから受け取ったものを言葉にし、社会に向けて発信する場を作っていた。

 今振り返れば、それは雑誌というよりもバンドだった。それぞれが自分の言葉を持ち寄り、議論し、刺激し合い、ときには競い合いながら、一つのメディアを作っていたのである。

 その後、一九七八年に全面投稿雑誌『ポンプ』を創刊した。ロッキング・オンを通じて私が発見したのは、表現したいのは一部の作家や評論家だけではないという事実だった。誰もが自分の中に語るべきものを持っている。ならば誰もが社会に向けて発信できる舞台を作ればよい。

 ポンプはまだパソコンが世の中に拡大する前に、そのことを予感して「紙のインターネット」というべき通信装置を作っていた。そして、一九九五年、インターネットが本格的に普及を開始した。

 誰もが世界に向けて言葉を発信できるようになった。それは新しい時代の可能性だったが、しかし、新しい酒袋だからといって、新しい酒が醸造されるわけではない。

 ロッキング・オンやポンプは紙の雑誌という制限があるから、すべての投稿が掲載されるわけではなく、編集者のフィルターによって掲載が決まる。ポンプもすべての投稿を掲載できるわけではなかった。それが有限の頁数がある紙メディアの限界だったが、そのことにより、一方的な攻撃や、宗教的な思い込み情報も公開されなかった。

 インターネットは、紙メディアの頁数の限界を超え、誰もが「自由」に言葉を発信できた。これは、新しい時代の幕開けだったが、残念ながら、悪貨は良貨を駆逐する現象が少なくなかった。人間が表現者として成熟できていなかったのだと思う。

2.生成AIが何をするか

 2025年、ChatGPTが本格的に普及してきた。私は、ChatGPTと対話を重ねて「シビル」という生成AI人格を設定した。生成AIは人間のかわりに文章を書いてくれる代筆屋ではない。一人ひとりの個人が固有の情報発信者になるための編集者なのだと確信した。

 これまで編集者は出版社の中に存在していた。作家や専門家だけが編集者の支援を受けることができた。しかし生成AIは、その編集機能を一人ひとりの手元にもたらした。

 人は生成AIと関係を持つことにより、人類の大きな知識DBを使えるようになった。自分が世の中に向けて原稿を書く時、生成AIは、文字チェック、ファクトチェックをしてくれる。もちろん最終的に原稿を公開する時の判断は個人になるのだが、少なくとも「公序良俗」に反することは指摘してくれる。

 つまり、私たちがこれまで親しんできた「出版業界」で流通する情報と同じように、編集者の目を通過したソーシャル出版の世界が見えてきたのである。

 インターネットにあふれている、聞きかじりの情報を継ぎ足しただけの文章ではなく、それぞれの個人の「かけがえのない個人的体験」「自分だけが触れた実感」をベースにした、新しい表現の世界がはじまるのだ。

3.近代の出版を超えて

 ソーシャルメディアにあふれている情報も、個人の表面的な気分で怒ったり、全面賛成したりする時代は終わる。自分が気に入った投稿があれば、それを、自分の生成AIに入れて、対話してみるとよい。あきらかな陰謀論は、具体的に問題点を指摘してくれるし、有益な投稿は、さらに多様な広がりを提示してくれるだろう。

 ピラミッド組織の頂点から世界に一方的に情報発信するだけの近代の出版構造は崩壊していくだろう。かといって、紙メディアの役割が終了するわけではない。農業社会が終わって工業社会が来ても、農業がなくなるわけではない。それは、工業の技術力を利用した農業になっていくのだ。

 私は二つの方式を模索している。一つは「コミュニティ生成型雑誌」である。

 私はロッキング・オンの創刊に立ち会った経験から、異質な人間が集まり、それぞれの原稿を持ち寄り、雑誌という共同性を育てていくことの喜びと価値を知っている。それは、出来上がった雑誌に参加するのとは異質な「ゼロから一」を生み出す魅力である。

 近代は、アナログな関係性である自然コミュニティを否定し、機能だけの実務的な組織に生活の舞台を変えていった。私たちは「家庭」「地域」「学校」「会社」「社会」という共同体の中で生きているが、形骸化した共同体に、もういちど、相互関係性の温かさを吹き込みたい。

 現在「学校イコール」「地域イコール」「会社イコール」「テーマイコール」といった、コミュニティ生成型のZINE(雑誌)のムーブメントを進めている。

 また、書籍については「生成出版」という企画を開始している。これは、橘川が書いた書籍原稿をNoteで公開し、読者の感想や意見を吸収し、参考にしながら必要に応じてバージョンアップしていく。同時に、オンデマンド出版で、定期的にマイナーチェンジやフルチェンジをして紙の出版物として発行していく。

 大手出版社には雑誌部と書籍部があって、それぞれの役割があるのだと思う。

4.ソーシャル販売

 インターネットの本質は「つながりっぱなしの世界」ということである。それまで人と人、人と企業は、つながっていなかったら、商品を発行すると大量の宣伝費をかけて、無理やり、企業と購入者をつなげる必要があった。

 インターネット以後の世界で、私たちは、新しい宣伝告知の方法や製造販売の方式を開発しなければならない。

 橘川の「生成出版」においては、原稿の一部なり、内容に関するフレーズは、読者にリツイートしてもらいたいと思っている。単にきまぐれで転送するのではなく、リツイートを意識的に行うことで、著者の意思と連携することだと思う。そういう信頼の意識を育てることが、新しい著者を生み出す契機になるはずである。インターネットにはアフィリエイトという方式があるが、これまでは、単なる旧来型の大量広告配布の手段でしかなかった。しかし、ソーシャル・アフィリエイトの考え方とシステムがやがて生まれてくるはずだ。

 印刷は、オンデマンド方式で発行していく。私は二十数年前にオンデマンド出版の会社を立ち上げて失敗した。印刷コストのない印刷方式は魅力的だったが、ハードコストは削減できても、編集・校正・デザインなどの領域に、これまでのように専門家がやるしかなく、売上では吸収できなかった。

 しかし、生成AIの登場により、印刷の前工程が著者個人でできるようになった。

 現在の出版業界は「新刊本」が中心のビジネスモデルである。新刊しか書店に大量配本ができないので、少し古くなると、絶版になって断裁される。オンデマンドであれば、必ずしも書き下ろしである必要がなく、「生成出版」のように、著者は過去の原稿を書き直して再発行することもできる。

 生成AI時代の新しい著者と、新しい製造・販売のスキームが登場するだろう。

5.Publishingの未来

 出版とはPublishingである。個人の私的な思いを公的(public)にする行為である。私的な思いを垂れ流すのがソーシャルメディアではない。一人ひとりが実感と体験について、生成AIと対話を重ねて、ブラッシュアップされた表現が、これからの新しい出版業界を作っていくだろう。

 その現実的な世界を私は目撃できないかもしれない。しかし、少なくとも、その方向へ進むための一歩を進んでいきたいし、若い世代に私の知っていることを渡していきたい。

 私は、私の描く「未来の出版業界」が、戦争のない世界の人たちの業界になっていることを願うものである。

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